最終回「それで、いいのだ、って。」
昨年の夏には、余命半年と言われ、
今年の秋には、「余命はその人それぞれだから、わからんよ。」
といわれ、
ふと、
「余命なんてものは人間の世界にはどこにもないんだ。」と思っちゃいました。
余命付けはその人の人生をドラマスティックに演出させるだけの言葉であって。
だれだって、命が動いていれば数分先には心臓が止まることだってある。その中でみんな生きているのに。
人間は、過去のことを忘れられる動物だから生き続けられる種類であり、
ある意味、先のことを恐れられないから、生き続けられる
そして、夢や希望を持てられる種類であると思いますね。
だから、余命なんていわれると、は?と急に人生の幕引きが目の前に降りた気がする。
ガンになったのは、不幸にも、とかアタマ付けできる部分は
私からしてみると2割しか意味をなさない。あとの8割ほどは自分で未然に防げるはずなのだ。
気の毒にとしか思えないところもあるが、実は平等であって、
フタを開けてみれば、まあ、なるべくしてなっただけの要素は
私に持ち合わせていたんだと思う。
だから、バランスをとって癌病になってしまったんだなと。
昨年:前主治医に久しぶりにお伺いしたとき、
「齋藤君、ガンはねえ生活習慣病:慢性の病気だよ。」と
ご自身の再発癌を指して言った。
性質が悪くて、その先は死んじゃう病だけど、
それは的を得ていると私は思うのだ。
その中で、自分がどうやって生きていくか、
それを必死になってそれぞれ考えればいい。
それで、いいのだ、って。


